早季子には痛みを感じる暇もなかった。それは幸せな事であったのかもしれないが、いずれにせよ些細なことにすぎないのだろう。
人並みの起伏に富んだ毎日を単調に過ごしてきたはずだったのだ。
大学の学科試験の結果に一喜一憂し、大学3年の3月に1年間付き合ってきた彼氏から別れ話を持ち出されどうしようもない位に傷ついて、同時に支えてくれる友人の存在に心底感謝した。周囲の学友と励ましあいながら就職活動を行い、時にはみっともない程に泣いた日もあった。けして飛びぬけた何かがあるわけではなかったが、それでも早季子にとっては何もない退屈な日々ではなく、普通ではあったけれどきっと幸せな毎日だったのだ。
それが、一瞬にして失われるなど誰が予想しえただろう。
衝撃と激痛をも凌ぐ驚愕になすすべもなくアスファルトの上にくず折れた早季子が知る由もなかったが、数分後に彼女を待ち受けるのは死以外の何物でもなかった。
それは全ての終わりを意味していた。
彼女の意志など酌まれることすらなく、長谷川早季子は22歳という歳で死を迎えた。
その自覚すら伴わないまま。
誰にも看取られることなく命を落とした早季子の遺体が小学校の通学路にも指定されている川沿いの道で発見されたのは、彼女が息を引き取ってから十数分後の事だった。
家族の必死の捜査協力要請にも関わらず、15年後に犯人未検挙のまま時効を迎えることになるこの事件は早季子と同じ大学に通う一人の男子学生の通報によって幕を開けた。
時を同じくして、常人の与り知らぬ最果てで一人の女が新たな生の幕を上げたが、それは余人が知ることではなかった。
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